久々に本の話
今回は、久々に本の話です。鉄道模型のレイアウト制作の参考にしようとメルカリで、レイアウト全書という本を買いました。

出版社は、鉄道模型趣味を発行している機芸出版社。内容は参考になった部分も多く、当時の鉄道模型ファンの情熱が伝わってくる素晴らしい本でした。
今回は、ここまで。またお会いしましょう。
生存報告と最新の趣味の話
お久しぶりです。更新が止まっていましたが、生きてます。最近は、鉄道模型などをちまちまやってます。またの機会に色々紹介したいなとおもってます。
今回はここまで。では。
元気です。
かなりの期間が空いてしまいましたが、僕は元気です。上半期は激動でしたね。記録的な寒さに始まり異例な速さでの梅雨明け。そしてこの暑さ…^^;
また、ぼちぼち更新しますのでよろしくお願いします
では、また。
ハワイ・マレー沖海戦という映画の話
今回は日本初の本格的な特撮映画であるハワイ・マレー沖海戦という映画の話です。
1942年に太平洋戦争開戦1周年記念に製作された映画であり、配給は社団法人映画配給社(初公開)再公開は東宝
監督は山本嘉次郎氏(1974年死去)
特撮はのちにウルトラマンやゴジラを製作する日本特撮の父円谷英二氏(1970年死去)
この作品では円谷氏が得意とするミニチュア作成を生かし見事な真珠湾のセットを完成させました。

このリアルさは、海軍報道部や朝香宮鳩彦王(1981年死去)を驚かせ戦艦大和でこの映画を見た宇垣纏(1945年死去)は日記に「良い出来」と記したくらいでした。
しかし、製作は時代的に困難を極め、海軍省が政策を命令したのに肝心の資料提供は「カツドウ屋は信用できん」として拒否されました。作中の艦は赤城とされていますが、見学は許されず、当時すでに旧式であった鳳翔しか見学が許されず、着艦装置は取材すら断られたとのちに山本氏や円谷氏が語っていたそうです。途方に暮れているとカメラマンのハリー三村こと三村明氏(1985年死去)がどこから入手したアメリカの雑誌ライフに載っていた空母を参考とし、数少ない写真提供から寸法を割り出し、円谷氏を筆頭とする美術スタッフにより製作されました。しかし、検閲の際にとある宮家の貴族議員から「アメリカの空母ではないか」大激怒し公開中止になりかけ、のちに山本氏と円谷氏は、「はらわたが煮え繰り返った」と語っていました。元はと言えば、資料提供を拒み仕方なくアメリカの艦船を参考にしたのです。また、プロパガンダの一環もあるため敵が一切抵抗をしないなもありますが、その出来からGHQですら、実写だと勘違いしたという伝説があります。これのせいで円谷氏は戦後GHQにより役職を追放されますが、1954年にゴジラを製作し大ヒットを生むなどします。プロパガンダの作品ではありますが、円谷氏の手を抜かないミニチュア製作は、多くの海軍関係者を驚かせ、ゴジラやウルトラマンでもその情熱は尽きることなく続けて多くの若者たちに多大なる影響を与えた円谷氏が初めて担当した映画。是非とも一度見てはいかがでしょうか。今回はここまで。それではまた。
卒業という映画の話
今回は、1967年公開のアメリカ映画であり当時の若者から絶大な支持を集めた映画「卒業」(原題 THE GRADUATE)についてです。
写真はかつて篠崎書林という日本の出版社が発売していたものです。
原作はチャールズ・ウェッブ(2020年死去81歳没)の小説です。
当時の時代背景として、ベトナム戦争で出兵する若者達の反発を綴った反戦作品が多くアメリカに作られており、この作品群をアメリカン・ニューシネマと呼ばれているそうです。この時期から、ボブ・ディランを筆頭としたフォークソングが誕生しました。日本では1968年に公開され、1976年に大塚博堂(1981年死去37歳没)氏によりダスティン・ホフマンになれなかったよなどの曲が作られたり、のちに多くの作品にもパロディが生まれるほどの影響を与えた作品です。テーマ曲はサイモン&ガーファンクルのサウンド・オブ・サイレンスが使われ、劇中では、スカボロー・フェア–詠唱–が流れるなどサイモン&ガーファンクルのタイアップだったりします。
監督はマイク・ニコルズ(2014年死去83歳没)
主演はダスティン・ホフマン
余談ですが、卒業には続編があり、卒業パート2というのがあります。卒業とパート2の日本語訳はハヤカワ文庫が販売していましたが、現在は絶版扱いなのか入手困難です。さらにいうと篠崎書林も入手困難だったりします。
当時卒業がどれだけの若者達に影響を与えた作品です。しかし、最後はハッピーエンドではなく鬱エンドような気もします。
しかし、ストーリーはかなり面白いし、曲の入り方もかなりうまいので、見る価値はある作品だと思います。
今回はここまでです。では、また


